読書のススメ
「モレスキンのある素敵な毎日」

 

人にはそれぞれ、些細なことから大きなものまで様々な課題が存在します。

その課題を克服したり、目標を達成したりしながら、

より良い幸せな人生を求めて生きています。

そんな皆様へお勧めしたい本をご紹介いたします。

 

「モレスキンのある素敵な毎日」          著者:中牟田洋子 氏

ゴッホやヘミングウェイに愛された伝説のノート、

それが「モレスキンノート」。

この上質なノートがそばにあれば、

「ふつうの毎日」が

楽しみ・刺激・喜びであふれ出します。

 

この本の主人公であるこの黒いノートは、現代でこそモレスキンという名前がついていますが、かつてはヨーロッパに約2世紀も前から存在していた「名前のないノート」でした。

名前こそありませんでしたが、頑丈に仕立てられた表紙や、ページが傷まないように取り付けられたゴムバンドなどそのデザイン性は高く、ひらめきやアイデアを大切に保管できる場所として多くの芸術家や思想家、職人たちに愛されてきたのです。

このノートを使っていた人たちの中には、画家のパブロ・ピカソやアンリ・マティス、フィンセント・ファン・ゴッホなどがいました。

彼らは、のちに歴史的名作と讃えられる作品に着手する際、その最初のラフスケッチやドローイングを黒いノートに描いており、今日では学術遺産として美術館に所蔵されているものもあります。

文豪や思想家では、アーネスト・ヘミングウェイや、シュルレアリストのアンドレ・ブルトンが有名です。ヘミングウェイの書斎には、黒い背表紙が何十冊も並んだ書棚があり、小説の初稿やメモが書き留められていたそうです。

 

黒いノートとブルース・チャトウィンの旅

モレスキンノートの伝説を語る上で欠かせないのが、イギリスの紀行小説家ブルース・チャトウィンです。彼こそ、無名だった黒いノートを「モレスキン」と呼んだ最初の人でした。

表紙の手触りがまるでもぐらの毛皮のように滑らかだったことから、チャトウィンは黒いノートに「MOLE SKIN(モールスキン)」とニックネームをつけ、これが現在のブランド名になっています。

チャトウィンの生涯は48年という短いものでしたが、南米、西アフリカ、オーストラリア、プラハなど世界各地を放浪し、旅先で得たインスピレーションのすべてをモレスキンノートに記録し持ち帰りました。

モレスキンノートの見返し部分には必ず「In case of loss」から始まる項目が用意されていますが、これは旅の最中にモレスキンノートをなくした経験のあるチャトウィンの習慣に由来して作られました。

しかし、1980年代半ばになると、この黒いノートの製造量が激減します。フランスのトゥールにあった家族経営の製造業者が倒産してしまったのです。「ソングライン」執筆のためオーストラリア旅行の準備をしていたチャトウィンは、パリの文房具店で手に入るだけのノートを購入しましたが、それでも十分な量は残っていませんでした。チャトウィンが逝去する1980年の終わりには、黒いノートも市場から姿を消してしまったのです。

 

モレスキンノート 復刻の物語

想像力と密接に結びついていた道具が突然手に入らなくなり、ノート難民に陥ってしまった人は当時たくさんいたことでしょう。のちに黒いノートを復刻させたイタリア人のマリア・セブレゴンディさんもその一人でした。彼女は、1980年代初めに、パリでそのノートに出合い、製造中止になったあともどうにか手に入らないかと探し回っていたのです。

マリアさんを復刻の情熱に駆り立てたのは、チャトウィンの小説「ソングライン」との出会いでした。小説の中にノートの記述を発見した彼女はこう思います。

「この美しい物語を語り続けるあの黒いノートを復刻してはどうかしら?」と。

こうして、ミラノの小さな出版社が、マリアさんがパリで使っていたノートをモデルに伝説の黒いノートを現代に蘇らせました。1997年のことでした。

復刻された黒いノートには、チャトウィンのような旅人たちにこれからも物語を綴ってほしいとの願いを込めて、「モレスキン」と名前がつけられました。

 

私は「書くこと」「描くこと」が好きですが、「モレスキンノート」にもっと早く出合っていれば、「芸術性」や「創造性」を探求できたのかもと思いました。ノートをカスタマイズしたり、ノートに考えや好きなものを収集したりして、インスピレーションを刺激したら、「かく」という行為がもっと豊かになるんじゃないかなと思います。